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  • 雪舟えまさんと『タラチネ・ドリーム・マイン』のお話
    みつる (06/14)

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反抗期

あけましておめでとうございます。
昨年ついに親知らずを抜き、パーマをかけました。
今年はバレエを始めたい。

 

+++


とりあえず週末までは生きてみる そんな感じで四年目になる

猫耳が似合うと言われそのままの顔で大人になってしまった

姿勢よく生きたいけれどこの席がわたしの背骨を曲げようとする

二十年通った町も劇場の周り以外はよく分からない

アヒージョの油にひたすピザのみみ 楽しいことは追いかけなくちゃ

反抗期あるならきっと今だろうやばい角度で跳ねる前髪

目を上げたら知らない町にいるようにまぶたに色をたくさん乗せる

病める日も健やかなる日も勤務日も虹色を好きではいけないか

この町とあの町の本屋をつなぎわたしの陣地にしてしまいたい

近眼にばんざいレンズ越しじゃない星の光も一・五倍
 


劣等感の使い方

うつくしくなくてもずっとここにいて好きな服だけ着て生きてやる
(黒井いづみ)

『なんたる星 短歌やめてませんでした号』で、
恋をしているさんに言及された一首。
以下引用します。
「この歌は僕が今まで見てきた中でも特に「ブスな歌」って感じがしてめちゃくちゃいいなって思っちゃったんですよね
このブスの厚かましさといったらないですよ!!そしてこれを短歌やめる日に思い出すってのがまた「私はブスだけど、めんどいからブスを辞める気はないし、お前らが何といおうと生き続けしまいには、何かいろんな意味で殺す」というメッセージみたいなものを感じ取ってかなり笑ってしまったので」
※注:この短歌は『なんたる星』の
「短歌をやめる日、思い出しそうな一首」
を募集する企画に提出したもの

自分の短歌の説明をするのってかっこよくないですけど、
どんなふうにこの短歌ができたかについて書きますね。
今でこそ服も化粧品もアクセサリーも大好きだけど、
昔は全然好きじゃなかった。
厳密に言うと、見るのは好きだけど、
買ったり着たりという気にならなかった。
だって似合わないんだもん。
服だけ見たらかわいくても、
身につけた瞬間にあーだめだって思う。
たとえ似合う服があっても、
わたしより綺麗なひとが
同じ服を着たほうが綺麗に見えるに決まっている。
服も、着ている人間も。
じゃあもうどうしようもないじゃん、
という考えが長いこと染みついていました。
それがだんだん「褒めてくれるひとがいるから着てみよう」
「褒めてくれなくてもなんだか楽しい気がする」
「褒められなくても自分が楽しいものを着たほうが勝ちだ」
となった結果、あの短歌が立ち上がってきたわけです。

恋をしているさんの評を読んでめちゃくちゃ笑った。
「お前らが何といおうと生き続けしまいには、
何かいろんな意味で殺す」!!
最高。いつか言ってみたい。
でもこの短歌ができたときにわたしが考えていたことって、
結局そういうことだろうなと思った。
誰が何と言おうと自分が好きな服を着ていたいし
好きなことをしていたい。
ちゃんと伝わってる、よかったよかった!!
でも同時に絶望もした。
「自分は綺麗じゃないから綺麗な服を着てはいけない」
という呪いにかかっていたことに気がついてから、
少しずつ少しずつ解いてきたつもり。
実際あの短歌ができたときは
ものすごく解放された気持ちになったけど、
評を読んだとき、「自分は綺麗じゃない」っていう呪いの
根本部分は全然解けてないんだ!!
と思ってがーんとなった。
世の中の多くの人たちはそんなこと気にせず
好きな服を着ているように見えるのに、
自分はこんな呪いをいつまでも引きずっているように思えるの、
なんかすごく嫌……と思ってまた落ち込む。

スピッツの最新アルバム『醒めない』に収録されている
「ブチ」という曲がとても好き。
最初はぴんと来なかったけど、
聞いているうちにどんどん言葉が立ち上がってきた。
特に好きなのは
「しょってきた劣等感 その使い方間違えんな」というところ。
すとんと腑に落ちるものがあった。
そうかー、劣等感は劣等感でよくて、
使い方を間違えなければいいのか、という。
ということは、わたしの呪いにも使い方があるのか?
前向きな使い方?
何を前向きと呼ぶべきか分からないけれど。
とりあえず、これからも好きな服を着て、
好きな本と音楽と舞台をたくさん摂取して生きていきます。
という決意表明がしたい気分だった。


夏の生き物


JUGEMテーマ:ひとりごと



髪の毛をぱつんと切れば冬毛から夏毛に変わる生き物みたい

かんざしを買って浴衣も欲しくなる 夢がお金で買える日もある

ひとりきり靴を鳴らせば花道に見えてくるんだプラットホーム

まぶしくてきみが着ていたTシャツのポケットばかり思い出してる

花びらのように小さい袖ばかり着たい 何回でも笑いたい

撫でられているときだけは髪の毛が言うことをきくような気がする

手帳にはうまく書けない水面に光が跳ねるような日のこと

師走でもないのに走る毎日を勝負下着と服とで飾れ

針金のような髪でも照らされて天使の輪っかをふたつ作った

蒸し焼きになっているのが楽しくて毛布をしまわないまま夏へ




死にたいけれど死にたくない(岡野大嗣一首評)

JUGEMテーマ:ひとりごと

雑誌を立ち読みしていて死にたくなる日がある。
ページをめくってもめくっても、隣の雑誌をめくってもそのまた隣を見ても、
着たいコーディネートがひとつも見つからない。
それなのに誌面の女の人たちがみんな
にこにこ笑っていたり、飛び跳ねていたりするもんだから、
あーわたしがときめくものは世の中で決められた
「かわいいもの」「うつくしいもの」とは違うのだ、
わたしの欲しいときめきを誰も作ってくれないし
わたしがそれを作っても誰もときめいてくれないのだ……と思って絶望する。
そして絶望は果てしなく深まる。
これではわたしの幸せも世の中の「しあわせ」と違っているのだろう、
わたしがどんなに幸せでもきっと「ふしあわせな人」扱いされて
同情されたりあれこれ言われたりしなければならないのだ……
と思うとますます死にたくなる。

もうだめだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい/岡野大嗣

そういうときにこの短歌を口ずさむと
「あ、わたしそんなに死にたくなかったわ」と思い出す。
そうだ、今このときは死にたくてもまた生き返りたいくらいには死にたくないのだ。
いつか「ほとぼりは冷め」て、わたしも周りの人たちも
言ったこと言われたことを忘れてしまうのだ、と冷静になる。
それなら死にたくなんてないな、と思う。
個人的には「もうだめだ死にたい」と「そして」の間の一字空けが好き。
一時の「死にたい」テンションを遠くから眺めているような、
あるいはいったん死んだ後に「生き返りた」くなるまでの
時間差をあらわしているような感じがする。
いくらでも死にたくなっていいけどきっと死なないほうがいいんだな、
だってしたことやしなかったことはいつか忘れて/忘れられてしまうんだから。
そう思うために、この歌を何度も口ずさんでいる。
いろんな人たちのお守りになってほしい短歌です。


愛のことば

初雪が降りました。
湯たんぽで布団といっしょにパジャマをあたためることを覚えました。


+++


好きな色だとか理想の部屋だとかそんなことだけ話していたい

撫でられるわたしはいつも目を閉じる漫画の中の誰かみたいに

君といて歌を忘れてしまいそう他に差し出すものなどなくて

お守りは自分の好きなものがいい 君の名前を呼ばせてほしい

好きとしか言えないけれどほんとうに目にしみるほど青いあおぞら






BGM: スピッツ「愛のことば」

鮮烈ゾーン!(アイドル短歌連作)

JUGEMテーマ:ひとりごと

もう夏ですね。生駒ちゃんセンターおめでとう!!
ということで、アイドル短歌をまとめた連作。
お好きなアイドルを思い浮かべてお読みいただければ。


+++


恋はつまり信仰なのだ君に射すスポットライトに灼かれてしまう

弱点が増えてばっかりくらくらと万華鏡って文字だけで好き

横顔と膝から下が好きなんだ古参ぶりたいわけじゃなくって

よい魔法、よい夢だけをあげたくてみんなで振っているペンライト

セーラーの裾かがやかせ終わらない夏ってきっと君のことだよ





おとなのおんな

JUGEMテーマ:ひとりごと

車を買いました。
大人の階段をひとつ昇りました、たぶん。


+++


新作のルージュとっくり見比べてまるで大人の女みたいだ

うなずくと揺れる黒髪おとなしいふりをするのはそれなりに好き

チャンネルを変える はにかむイケメンの誰も彼もがあなたに見えて

後悔がひとつもないのはつまらない やたらと甘いものが食べたい

人生は戦いだからどんな日も勝負下着でなければだめだ

とろとろのパジャマで眠る大人にも女の子にもなってあげよう

好きな服ばかり重ねて街に出る わたしひとりでずっと楽しい




ご飯デートに連れて行って(松村由利子一首評)

JUGEMテーマ:ひとりごと

チューリップあっけらかんと明るくてごはんを食べるだけの恋ある/松村由利子

「女くどき飯」というドラマに今さらハマっている。
今さら、というのは、登場人物の服装や街のイルミネーションから推して、
東京その他の都市圏では冬クールに放映されていたであろうと思われるからだ。
わたしの現在の居住地ではそこから遅れることおそらく3か月、
来週ようやく第6話が放映されるというありさまである……地方都市だからね……。

さて「女くどき飯」、なかなかパンチのきいたタイトルだけれども、
これは貫地谷しほりさん演じる主人公のフリーライター・神林恵が
ドラマの中で担当する連載企画のタイトルでもある。
応募者の男性が選んだ「女をくどける店」で、
実際に応募者とご飯デートをし、くどいてもらい、その様子を記事に書くというもの。
おお、これはまさしく「女くどき飯」だ!
(ちなみに原作は峰なゆかさんがぐるなびで連載している同名の漫画。
こちらでは峰さんが応募者の男性とご飯デートに行き、
その模様を漫画にしています。原作も大好きです)。

こうして毎回毎回ご飯デートに行く神林さんを見て、
ああーご飯デートいいわー、と思っているのがわたしである。
毎回ゲスト出演する「女くどき飯」の応募者たちは、
全員何かしらクセはあるものの(バツ5とか)、
話上手で聞き上手、年上も年下も神林さん(とわたし)のツボをガンガンついてくる。
特に第6話の桐山漣くんはやばい。
いやまだ見ていないけど、次回予告だけでやばいと分かるくらいやばい。
そして毎回ご飯がおいしそう。めちゃくちゃおいしそう。
たまたまわたしの居住地では深夜放映されているこのドラマ、
わたしは録画して見ているのだけど、イタリアンも中華も和食もおいしそうで困る。
こんなもんリアルタイムで見ていたら飯テロ以外の何物でもねえわ。

さて、冒頭に書いた短歌は、前からわたしのお気に入りの一首だった。
たとえお付き合いしていなくたって、デートと言えないようなものだって、
好きな人と一緒にご飯を食べるって最高だ。
どんなご飯もおいしくなるわ、と思っていた。
しかし「女くどき飯」を見るようになって、ちょっとこの短歌の解釈が変わった。
神林さんのおいしい顔を見ていると、おいしいご飯を食べるというのは、
それだけでとても楽しいことなんだなと思う。
一緒にご飯を食べる相手がいればなお楽しい。
おいしいですねって言い合ったり、互いの料理をシェアしたり。
そんな楽しいことをしていたら、自然と相手が素敵に見えてくる気がする。
うっかり好きになっちゃってもおかしくない、気がする。
お店を出てしまえば、楽しかったね、の一言で済んでしまうような
ふわっとした気持ちでも、そのときは確かに恋をしているのかもしれない。
それが〈ごはんを食べるだけの恋〉、なのではないかしら。
ひとクセもふたクセもある応募者たちに内心でばしばしつっこんでいる神林さんが
なんだかんだで最後にはころっとくどき落とされてしまうのも、
そんな気持ちなのかなあ、なんて思うのだ。

誰かときちんとお付き合いして結婚というゴールを目指すことも素敵だけれど、
そんな面倒くさいことはしていられないな……と思ってしまい、
そう思った自分自身に軽く絶望することがある。
メールやら電話やらLINEやら、まめまめしいやりとりに
そんなにエネルギーを使わなければいけないのかと首を傾げることもある。
でもご飯デートなんかすると、ほんの少しでも甘い気持ちを持てると、
ずいぶんと呼吸が楽になる。
誰かと一緒にいることは本当は楽しくて嬉しいことだし、
デートのために服やメイクを頑張ることは案外いやじゃないんだなあ、と思う。

だから誰か、わたしとご飯を食べに行きましょう。
くどいたりくどかれたりしなくていいから。
おいしいご飯を一緒に食べて、楽しいことをしに行きましょう。




あこがれの

JUGEMテーマ:ひとりごと

岡野大嗣さんの歌集『サイレンと犀』の装画・挿絵を手掛けた
安福望さんのブログ「食器と食パンとペン」で、
黒井いづみの短歌を絵にしていただきました!
http://syokupantopen.jugem.jp/?eid=1848

わーいわーい!!
いつか取り上げてもらえることがあったらと思い、
ひとつの目標にしていたのでとても嬉しい。ありがとうございます。


好きなひとあなたはわたしの好きなひと唱えるだけのしあわせがある
(黒井いづみ)

 

まばゆいばかりのみどり(阿波野巧也一首評)

JUGEMテーマ:ひとりごと

きみを抱くたびにこころの草原に何度も建てられる家がある/阿波野巧也

マインドパレス、ということばを思い出した。
BBCドラマ「SHERLOCK」の主人公シャーロックは、
自らの記憶を整理するために脳内に作り上げた記憶の宮殿のことを
こう呼んでいるのである。
自分の脳をHDDと呼び、日々膨大な情報をインプットしている彼は
マインドパレスを訪れては必要な情報・記録を取り出したり、
不必要な情報をきれいさっぱり削除したりする。
この短歌の中の「家」も、シャーロックのマインドパレスのように
記憶を保存しておく装置のように思われる。
でもこの「家」はマインドパレスと違って、きちんと整備されていない、
人が踏みこむこともめったにないようなだだっぴろい「こころの草原」にある。
きっと「家」の中も、機能的に整えられてはいないのだろう。
好意を抱く相手を見つめるとき、
人の目はまぶしいものを見るときのように瞳孔が開くので、
好きなのにはっきりと顔を思い出せないらしいから、
「きみ」に関する記録は意外に残っていなくて、
この「家」もあまり役目を果たしていないのかも。
それでも「きみ」が好きで、「きみ」を覚えておきたいという思いがあるから、
この「家」は「何度も建てられる」のである。

この短歌を読んだとき、寺山修司作詩・信長貴富作曲の合唱曲が
しばらく頭に鳴り響いて離れなかった。
「こころの草原」は、わたしにはヒスイと同じ、まばゆい緑色に見えている。

無伴奏混声合唱のための『カウボーイ・ポップ』より「ヒスイ」
https://www.youtube.com/watch?v=7MQB40QJZQ4


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