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死にたいけれど死にたくない(岡野大嗣一首評)

JUGEMテーマ:ひとりごと

雑誌を立ち読みしていて死にたくなる日がある。ページをめくってもめくっても、隣の雑誌をめくってもそのまた隣を見ても、着たいコーディネートがひとつも見つからない。
それなのに誌面の女の人たちがみんなにこにこ笑っていたり、飛び跳ねていたりするもんだから、あーわたしがときめくものは世の中で決められた「かわいいもの」「うつくしいもの」とは違うのだ、わたしの欲しいときめきを誰も作ってくれないし、わたしがそれを作っても誰もときめいてくれないのだ……と思って絶望する。
そして絶望は果てしなく深まる。これではわたしの幸せも世の中の「しあわせ」と違っているのだろう、わたしがどんなに幸せでもきっと「ふしあわせな人」扱いされて、同情されたりあれこれ言われたりしなければならないのだ……と思うとますます死にたくなる。

もうだめだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい/岡野大嗣

そういうときにこの短歌を口ずさむ、そうすると「あ、わたしそんなに死にたくなかったわ」と思い出す。そうだ、今このときは死にたくてもまた生き返りたいくらいには死にたくないのだ。いつか「ほとぼりは冷め」て、わたしも周りの人たちも言ったこと言われたことを忘れてしまうのだ、と冷静になる。それなら死にたくなんてないな、と思う。
個人的には「もうだめだ死にたい」と「そして」の間の一字空けが好き。一時の「死にたい」テンションを遠くから眺めているような、あるいはいったん死んだ後に「生き返りた」くなるまでの時間差をあらわしているような感じがする。
いくらでも死にたくなっていいけどきっと死なないほうがいいんだな、だってしたことやしなかったことはいつか忘れて/忘れられてしまうんだから。そう思うために、この歌を何度も口ずさんでいる。いろんな人たちのお守りになってほしい短歌です。


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